プロ野球選手の借金がすごい!野球と「金」の話し

プロ野球の世界は一見華々しく見えますが、その実はほんの一握りの飛び抜けた才能と実力を兼ね備え、更に努力をした人のみが大成できる非常に過酷な世界です。そして、その一握りの成功者になったからと言って、必ずしも幸せになれるとはいえない世界でもあります。

平凡な会社員が一生かかっても稼げないような大金を数年で稼いでいたにも関わらず、そのお金をあっさりと使い切ってしまい、貧しい引退後生活を送っている人、更には借金で首が回らなくなったような元選手は少なくありません。

今回の記事ではプロ野球と「お金」の話をさせていただきますので、プロ野球界に大きなあこがれを抱いている方はブラウザバック推奨です。

プロ野球選手の年俸

まずはプロ野球選手の稼ぎを見ていきましょう(年俸(年収)は個人情報の一つですし、選手に公表する義務は全くありませんから、扱う数字は基本的に推定です)。

プロ野球選手の平均年収は約3800万円

まず、労組日本プロ野球協会が発表したところによれば、2017年度の支配下公示選手(外国人選手、育成選手は除く)734人の平均年俸は3824万円でした。リーグ別に見た場合、パ・リーグが3948万で、セ・リーグが3704万円でした。

チーム別に見た場合、福岡ソフトバンクホークスが最も高く7013万円、横浜DeNAベイスターズが最も安く2600万円でした。同じプロ野球選手であっても、所属チームが違うだけで平均年収に倍以上の差がついています。

とはいえ、最も年俸が低いチームでも平均年俸が2600万円もあるのですから文句はないだろうと思われるかもしれませんが、この数字は平均年俸の高いごく一部の選手が引き上げた結果であり、実際には平均より高い額をもらえている人は半数以下です。

例えば、年俸が最も高い福岡ソフトバンクホークスの場合、上記のデータ公開時点では条件に当てはまる支配下登録選手は全部で70人近くいましたが、そのうち平均の7013万円を超えていた選手は17名でした。

プロ野球選手の中央年収は1500万円

今度は、プロ野球選手の年俸を平均ではなく中央値で見ていきたいと思います。中央値とは、全てのデータのちょうど中央に位置するデータのことです。例えば、101個のデータがある場合、上から数えても下から数えても51番目に大きいデータが中央値となります。

2014年度の全選手の年俸の中央値は1500万円でした。この数字からも、平均を一部のトッププレイヤーが押し上げていることがわかります。

プロ野球選手の平均選手寿命は9年で、会社員一生分のお金を稼ぐが……

プロ野球選手の平均選手寿命は、おおむね9年程度とされています。選手寿命は年収と違って、平均値と中央値の間にあまり差がなく、中央値も概ね9年程度となります。

以上のデータをまとめると、プロ野球選手がプロ野球選手として稼ぐ金額の平均値は、3704万円×9年=3億3336万円となります。一方、プロ野球選手がプロ野球選手として稼ぐ金額の中央値は、1500万円×9年=1億3500万円となります。

一方、大卒で就職し、同じ会社で定年(60歳)まで勤め上げた人の平均生涯年収は2億8000万円ぐらいです。会社員はプロ野球選手ほど年収に幅がありませんが、こちらも平均値のほうが中央値よりも高い(一部の人が平均を押し上げている)形になっています。

中央値のことは一旦忘れて平均値だけを比較する場合、プロ野球選手の稼ぎは9年で3億3336万円、会社員の稼ぎは38年で2億8000万円です。

これだけ比べると、プロ野球選手は相当稼いでいるように見えますが、プロ野球選手は1年あたりの平均年収が高いぶん毎年の税率も高くなり、手取りは少なくなります。

プロ野球選手は自営業者なので、税金は事業所得として計算します。自営業者ですので、経費があると税金を減らせます。プロ野球選手が高級外車を入手したがるのは「身を守るため」「ステータスとして」などの理由だけでなく「経費で落とせるから」というのも理由になっているようです(身を守るためという名目があるので、経費として認められます)。

その他にもトレーニング器具の購入費用やジム代金、トレーナーとの契約料、自主トレ費用などが経費となります。ここでは経費をとりあえず204万円と多めに見積もっておきます。また、控除は基礎控除のみで、独身とします。

この場合、青色申告にすると税金(所得税+住民税+国民健康保険料)はなんと約1500万円になります。つまり、実質的な手取りは3704万円-204万円-1500万円=2000万円にまで目減りしてしまうのです。これが9年続けば、手取りは1億8000万円です。

一方、大卒会社員の平均年収は2億8000万÷38=736万円です。(実際には若いうちはもっと低く、年をとるに連れて高くなりますが、ここでは無視します)。その他の条件を揃えた場合、毎年の税金は約200万円となります。

つまり、実質的な手取りは736万円-200万円=536万円となり、これが38年続くと、手取りは536万円×38=2億368万円になります。税金が安いおかげで、プロ野球選手を逆転しました。しかも大卒会社員は厚生年金などの手厚い保証のおまけ付きです。

もちろん、これは非常に大雑把な計算ですし、プロ野球選手は副業(CM出演など)で大きく稼げることもありますし、若くして引退したあと別の仕事をする人も多いのですが、見た目の華々しさほどは稼げないプロ野球選手がたくさんいることは間違いありません。

プロ野球選手の生活は「引退後」に破綻しやすい

現役のうちから生活が破綻するプロ野球選手はほとんど居ません。危険なのは「引退後」です。

覚せい剤に手を出した清原和博や江夏豊、自己破産した小林繁や香川伸行、詐欺に手を出した元オリックスの塩谷和彦や殺人を犯してしまったロッテの小川博など、実例を挙げればキリがありません。

そして、どちらかと言うと現役時代にそれなりに名を残した選手ほど、引退後にトラブルを起こす傾向があります。上記の選手は小川を除き現役期間が10年以上で、小川もオールスターに出場したことがある有名選手です。

若いうちに大金を手に入れ、贅沢と名声に慣れきってしまい、引退後の生活の落差に耐えきれずに事業などに手を出して借金を重ね、そこから自己破産や詐欺などにつながるケースが典型例です。

引退後のプロ野球選手の生活

プロ野球選手を引退した選手の大半は、引退後も野球に関係ある仕事に就職しています。野球に関する仕事とは例えば指導者、解説者などです。

例えば2014年に引退・戦力外通告を受けた選手のうち、野球に関する仕事に就いたのは91名で、一般企業に就職した選手はわずか17名でした。プロ野球選手は社会人から入ってきた選手を覗いては就職経験がなく、一般企業に就職しづらい、就けても長続きしにくい傾向があるようです。

一方、野球に関する仕事に就けたとしても、その先は大変です。一番稼げるのは監督で、5000万円~1億円程度の年収が見込めるものの、契約期間はどんなに長くても10年程度にとどまることが大半なうえ、椅子は全部で12個しかありません。

コーチの年収は1000万円~3000万円ほどで、こちらは椅子も多いですが、やはり長期契約は期待できません。

解説業はプロ野球の人気低迷による地上波撤退によって仕事そのものが減り、さらにはギャラ相場も低下。加えて解説者は40歳前後の若手から80歳過ぎの超ベテランまでいるので、競争も激しいです。

その他の再就職先は球団職員、高校野球の監督などですが、いずれも数が少なく、現役時代と比べると間違いなく年収は低下します。そのギャップを埋められず、現役時代と同様の生活を続けて借金を重ねる人も少なくありません。

プロ野球選手と事業

引退した元プロ野球選手の中には、事業を起こす人が少なくありません。しかし、その事業はたいてい失敗します。大抵は飲食店ですが、選手としてのネームバリューでやっていけるほど飲食店経営は甘くありませんし、そもそもネームバリューがない選手もたくさんいます。

元読売ジャイアンツの條辺選手が埼玉県ふじみ野市でうどん店を開いて人気になったことが時たまテレビなどで報道されますが、あれは非常に珍しいケースと言えるでしょう。

プロ野球選手の借金列伝

江川卓の借金

現役期間はわずか9年間と短かったものの、その全ての年で2桁勝利を上げるなど、圧倒的な実力で読売巨人軍のエースとして活躍した江川卓。小林繁とのトレードで電撃巨人入りを果たすと、プロ入り3年目には20勝6敗、防御率2.29という非常に優秀な成績を残し、一流プロ野球選手の仲間入りを果たします。

そんな江川選手でしたが、現役時代から不動産投資に熱を入れており、「投げる不動産王」と揶揄されるほどでした。折しも当時は日本経済が加熱していたバブル期真っ只中ということもあり、資産はどんどん膨らんでいきました。

が、現役引退後にバブルはあっけなく崩壊、所有していた不動産は軒並み値崩れを起こし、なんと50億円もの借金を背負うことになります。一流選手といえども全盛期の年収は税引き前で3億円程度、通常ならばとても返せる金額ではないのですが、解説者などの仕事でコツコツと返済していき、2000年台公判には完済したという噂もあります。

高橋由伸の借金

長きに渡り読売ジャイアンツの主力選手として活躍し、現在は監督としてチームの指揮を取っている高橋由伸。彼の激動の野球人生の裏側には、父親の借金が大きく関わっているとされています。

高橋選手がプロ入りした時代には、逆指名という制度がありました。これは大卒・社会人にのみ認められた制度で、選手側が入団を希望するチームを指名するというものです。

高橋選手はドラフト直前までヤクルトスワローズを指名するものと思われていましたが、直前で翻意し読売ジャイアンツを逆指名しました。といっても、ジャイアンツ愛に突如目覚めたわけではありません。

当時、高橋選手の父親は不動産事業を行っていましたが、バブル崩壊後の景気低迷も有り、60億円もの借金を抱えていました。読売ジャイアンツは「高橋選手が逆指名してくれたら、60億の返済は受け持つ」という条件を提示。

ヤクルトも10億円を肩代わりするという条件を出していましたが、読売の資金力には勝てず、高橋選手は巨人を逆指名しましたが、会見時には全く笑顔は見せませんでした。

60億円なんてどのみち返せないのだからさっさと自己破産すればよかったのでは、と思われるかもしれませんが、体裁や債務者の圧力のせいで出来なかったと推測されています。

それでもプロ入りした高橋選手は、後暗い事情を感じさせること無くプロとして活躍。若い頃は走攻守揃った主軸として安定した成績を残します。小さな怪我が多かったこともあり加齢とともに出場機会は減少するものの、ベテランになってからも代打の切り札として活躍します。

しかし、2015年にまさかの電撃引退。当時すでに40歳だったとは言え、その歳のシーズンも130打数で.278、5本と代打屋としては十分な成績を残していただけに、周囲を驚かせました。

読売巨人軍は所属全種の野球賭博でチーム全体の印象が最悪になっており、監督になりたがる人がおらず、そこに高橋選手に白羽の矢が立ったとされています。

チームに60億円の借金を肩代わりしてもらった高橋選手は断れずに、半ば「引退させられた」格好となりました。

肝心のチームは2016年にも野球賭博が発覚、2017年は前年に横浜ベイスターズから移籍してきたばかりの山口俊選手が東邦大学大橋病院でトラブル(出入り口扉損壊、及び男性警備員への暴行)を起こすなど、高橋選手に対する試練は止まりません。

掛布雅之の借金

ミスタータイガースとして長く親しまれた掛布雅之。現在は阪神タイガースの二軍監督として選手の育成にあたっている氏ですが、実は過去に借金まみれだった経験があります。

1974年に阪神タイガースに入団した掛布選手は、3年目にレギュラーを掴み、阪神タイガースの主砲として活躍。プロ6年目の1979年には.327、48本、95打点という圧倒的な成績を残して、名実ともに阪神タイガースの中心選手としての地位を確固たるものにします。

その後も安定した成績を残していたのですが、1986年4月20日に手首に四球を受け骨折すると成績が急降下。以降は目立った成績を残せず、1988年に33歳の若さで引退します。それでも通算349本塁打は阪神の球団最多記録であり、阪神ファンの記憶に深く残る選手だったことは間違いありません。

そんな掛布選手ですが、現役時代の1985年に大阪府豊の赤西に会社を設立しています。飲食店やスポーツ用品の販売などを事業として行うこの会社は、設立の頃はバブル景気の後押しも遭って好調だったようですが、その後次第に売上が低迷。

2009年には自宅を差し押さえられ、ほぼ同時期に日本テレビおよび読売テレビの解説者契約を解除されます。

2010年3月には自宅の競売が開始し、2011年6月に第三者の手によって購入されます。さらには同年7月に会社が二度目の手形不渡りを出し、事実上の倒産。負債総額は約4億円で、専属契約を結んでいたラジオへの出演も自粛する羽目になってしまいました。

現在は自己破産をしたとも、借金を返済中であるとも言われています。ここでトラブルを起こしたら現在の阪神二軍監督も首になってしまいますし、気をつけてほしいものです。

野球用語の「貯金」「借金」とは

なんだか重たい話が続いてしまったので、最後にお金とは直接関係ない話をさせていただきます。プロ野球の結果を伝えるニュースで「借金」や「貯金」という単語を耳にしたことがある方は少なくないかと思います。簡単に言えば「借金」は負け越し数、「貯金」は勝ち越し数です。







1位 143 88 51 4 .633 優勝 0 736 540 152 112 .273 3.39
2位 142 77 61 4 .558 10.5 1 583 527 111 70 .249 3.31
3位 143 73 65 5 .529 4 0 597 598 134 39 .252 3.81
4位 143 72 68 3 .514 2 0 536 504 113 56 .249 3.31
5位 142 59 78 5 .431 11.5 1 486 617 110 77 .247 4.04
6位 143 45 96 2 .319 16 0 473 653 95 50 .234 4.21

上記の表は2017年10月6日時点でのセリーグの順位表です。この場合、広島カープは88勝51敗4引分なので、勝ち越し数は88-51=37となり、「37の貯金がある」状態です。

一方、最下位のヤクルトスワローズは45勝96敗2引分なので、負け越し数は45-96=51となり、「51の借金がある」状態です。

今シーズンのヤクルトは最小得点、最多失点、最小本塁打、最低打率、最悪防御率とあまりにも不名誉な記録を残しており、これが借金の多さに繋がったようです。

ちなみに、借金があったチームが勝率を5割に戻したときは「借金を返済した」とよく言われます。逆に貯金があったチームの勝率が5割になったときに「借金を使い切った」ということはあまりないようです。

プロ野球史上最高の貯金数・借金数はいくつ?

どんなチームにも強い時期と弱い時期があり、強い時期には平気で10以上の貯金を作りますが、弱い時期にはそれと同じくらい借金を重ねるものです。ここでは強い時期のチームが作った貯金数と、弱い時期のチームが作った借金数に関する記録を見ていきたいと思います。

最多貯金数は「63」

プロ野球史上における最多貯金数は、1950年に松竹ロビンスが記録した「63」です。松竹ロビンスは1936年~1952年まで存在していた松竹株式会社を親会社とするプロ野球球団です。1953年に大洋ホエールズと対等合併し、松竹が球団経営から手を引いたため、現在は消滅球団扱いされています。

この年の松竹ロビンスは、98勝35敗という圧倒的な成績を残して優勝しています。当時のプロ野球は今よりもずっと投高打低でしたが、この年の松竹ロビンスは30本塁打を3人が記録しており、特に小鶴誠は.355、51本、161打点(プロ野球記録)という圧倒的な成績を残しています。

これだけ見ると松竹ロビンスが強豪球団に見えますが、松竹ロビンスはAクラス3回、Bクラス14回の弱小チームです。

1949年も1951年も勝率は5割未満(借金あり)であり、1952年(最多貯金から2年後)には34勝84敗、借金50に終わっています。1950年にこれだけ経てたのは奇跡としか言いようがありません。

ちなみに、貯金数2位~5位の球団は以下のとおりです。

順位 球団名 勝利数 敗戦数 引分数 貯金数
2位 1955年 南海ホークス 99 41 3 58
3位 1955年 読売ジャイアンツ 92 37 1 55
4位 1952年 読売ジャイアンツ 79 29 6 50
4位 1953年 読売ジャイアンツ 87 37 6 50

ランキングを見ても分かる通り、その全てが1950年台の記録です。この頃は今ほどプロ野球の勢力均衡が進んでおらず、強豪チームと弱小チームの差が大きかったため、このような偉大な記録が生まれたものと思われます。

2000年以降に絞って見た場合は、2009年の読売ジャイアンツの貯金数43(89勝46敗9引分、歴代同率18位)が最多となります。

最多借金数は「68」

一方、最多借金数は、1955年に大洋ホエールズが記録した「68」です。もともと弱小球団だった大洋ホエールズですが、この年は特に弱く、チーム打率、防御率のいずれも最下位でした。最終成績は31勝99敗0引分で、5位の国鉄スワローズに27ゲーム差をつけられての圧倒的な最下位でした。

大洋ホエールズはこのあとも低迷が続き、1950年台はすべて最下位の地位に甘んじることになりました。

ちなみに、貯金数2位~5位の球団は以下のとおりです。

 68

順位 球団名 勝利数 敗戦数 引分数 借金数
2位 1958年 近鉄パールズ 29 97 4
3位 1961年 近鉄パールズ 36 103 1 67
4位 1954年 大洋ホエールズ 32 96 2 64
5位 1970年 読売ジャイアンツ 33 92 5 59

最多貯金数の場合と同様に昔の記録が並んでいますが、実はこのすぐ下の6位には2005年の東北楽天ゴールデンイーグルスの「59(38勝97敗1分)」が入っています。

ただ、この年の楽天はチーム創設1年目であり、大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併で行われた選手分配ドラフトで優秀な選手を軒並みオリックス側に持って行かれた直後だったため、この成績は仕方ないかもしれません。

ちなみに、2017年のヤクルトの借金51は歴代11位の記録です。

まとめ

  • プロ野球選手の平均年俸は3704万円だが、中央値は1500万円
  • 年俸は高いがその分税金も高く、手取り収入は以外に少ない選手が多い
  • プロ野球選手の生活は引退後に破綻しやすい
  • 江川、掛布など、歴代の名選手も借金に人生を翻弄されている

一流プロ野球選手は稼いでいるだけあって、その借金の金額も桁外れな人が多いです。コレほど多額の借金ができない我々は、むしろ幸せなのかもしれませんね。